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珍道中だった葬儀


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脳梗塞で2年10ヶ月も闘病生活をしていた叔母(母の義妹)が天に召されました。享年66才でした。

発病後2ヶ月ほどたち落ち着いた頃お見舞いにいきました。
言葉を発することができませんでしたが何故か私がお見舞いに行き手を握ったらなんと声を出して泣いたのです。
叔父が入院して初めて声を出したと驚きこれからよくなるかも知れないと希望をもったのですがその後は全くダメだったようです。
久々に叔父から電話があったとき明るい声で「元気か?」と聞くのでいい状態になったのかと思ったら訃報でした。

お通夜は用があったので告別式に行ってきました。
弟は告別式が出られずお通夜に出たので告別式には義妹と一緒に行きました。
義妹は都内があまりよく分からないので私について行くと。
私が東京育ちでも最近の東京は全くお上りさん状態なんです。
行き方をしっかり調べて行ったのにもかかわらず珍道中をやらかしました。

葬儀場は日比谷線の『入谷』から徒歩3分です。
都営浅草線で人形町で乗り換えですが泉岳寺から7つめの駅と確認してたのになぜか気付かず乗りこし。
日本橋-人形町-東日本橋と並んでるので勘違いしてしまいました。慌ててUターンで人形町から入谷までも注意して入谷で降りたはずなのに持ってる地図と違う。近くのお店で聞いたら「ここは三ノ輪だよ」って「え~~!」入谷は隣の駅だというではないですか。
おかしいね~~ なんだかキツネにつつまれたみたい。時間ないので近くてもタクシーに乗ったのですが・・・・
女性の運転手さんに葬儀場名を言っても分からず地図を見せてナビまで入れてくれてすぐ近くのはずなのになぜかなかなか着きません。
都内は一方通行が多いので近くても遠回りになるのです。
途中、運転手さんがここは吉原ですよと教えてくれてめったに来ないところを通過してきました。
義妹は東京見物してるみたいなんて言ってましたが。
私はどこ通ってるのよ~~と心でイライラ。
叔父に近くにいるはずなんだけど遅れますと電話をしてようやく葬儀会場につきました。
すぐと思ったのに何分乗ってたのかしら。運賃が1880円もかかってしまいました。
JRの鶯谷か上野から歩けば良かったわ。暑いので徒歩が少ない地下鉄を選択したのがバカでした。

叔母の葬儀は家族葬でお経もありません。
ご近所の方の参拝者もなく本当に親族だけ。叔母の好きだったお花がたくさん飾られ写真が趣味だったので入賞作品の写真や愛用のカメラが飾られてました。
お顔は思ったよりふっくらとして安らかなお顔でした。納棺士さんがきれいにしてくれたそうです。
65㎏もあったのに30㎏台になってしまったとか。
闘病生活で肺炎を何度も起こしたようです。
お花のついた短冊に送る言葉を書いて棺にいれ千羽鶴をかけ好きだったというバラ、カーネーション、トルコキキョウ、百合の花で棺をいっぱいにして一人づつお別れの言葉をかけました。
叔父が「お母さん 花いっぱいできれいだよ。ありがとう」と。
こういうお葬式は初めてでしたが形式的でなくとても温かくいいお別れ会でした。
会場にピアノがありました。
長女が音大出身でピアノを弾いて送らないのと聞いたらお通夜ではヴァイオリンと合わせて好きだった曲を弾き、朝は小学二年になる次女の娘と一緒に歌を歌ってあげたのでいいのだと。
出棺の時に『Say Goodby』がかかってたので叔母が好きだった曲だったのかとおもいましたがこれは葬儀社さんのはからいだったようです。
鶴岡の叔母によると結婚式でピアノを弾いていたりもしてましたが現在は介護の仕事をしてるのでピアノを弾くこともあまりなかったようでしたがさすがにプロなので聞く人の心を打つ演奏だったと言ってました。

小柄な人だったのと闘病が長かったのでお骨がなんと少ないことか。

戒名もお経もないこういうお葬式いいですね。私もこういうお葬式をして欲しいなと思います。

叔父は週3日ほど仕事をしながら叔母の病院に通って介護をしてきたそうです。
いくつか病院が変わったそうですが仕事場まで行くときに朝顔をみせて仕事に行き帰りにも寄るという生活をしてきたそうです。
夫婦で写真を趣味にしてあちこち撮影に行ったり美味しい水を取りにいったり本当に仲が良かったです。
もう一人の叔父が「Kちゃん一緒に棺に入ってしまえば」と冗談を言ってました。
病院行きがなくなると寂しくなってしまうでしょう。
長女が離婚して父親と一緒に住んでるのが少し安心できます。

帰りは鶴岡の叔母たちと途中まで一緒に帰ったのですが京急に乗ったのでこれで安心と思ってたのに。
珍道中は終わらなかったのです。
乗った電車が羽田行きだったのですが蒲田で乗り換えればいいやと品川では降りなかったのですがドアがしまってから「次は国際線乗り場」というアナウンス。思わず耳を疑いました。
国際線乗り場が蒲田より前で有るわけ無いです。止まらないの?
蒲田の駅がみえましたが左の線に入ってしまいました。停車したのがやはり国際線乗り場でした。
国際線乗り場に喪服姿が二人は不釣り合いな光景でしょうね。このままどこかの国に行ってしまいたいね~~。
どうやって乗り換えるの?
改札にあたる所は京急でなく飛行場のスタッフです。「蒲田で止まらずここまで来てしまった」と言ったらすぐキップをくれて証明書のような紙をくれてエスカレーターを上がり反対ホームにと。上に着いたら連絡が行ってるようですぐ案内してくれました。こうしてここまで来てしまう人も多いんでしょうね。

国際線はできたばかりなのでとってもきれいです。来ることがあるかないかわからないのでラッキーだったと考えましょう。

今度は駅員さんに確認して乗りましたよ。緑の飛行機マークがついてる電車は蒲田を通過して直行する電車なのだそうです。また品川まで行ってしまうのはこりごりですからね。

二度あることは三度あるとはよく言いますが本当にそれを実行してしまった一日でした。
それにしても東京は分りにくくなってますね。

この暑さに黒の喪服、めったに履かないストッキングにパンプス(低めだったのですが)に珍道中でかなり疲れました。

トップのお花は叔母の好きだった花を兄弟たちにと包まれたものでしたが一番下の妹である鶴岡の叔母が明日帰るのに持って帰れないからと私が貰ってきました。



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コメント

NoTitle

叔母様のご逝去、お悔やみ申し上げます。
まだお若いですのにね。

東京の地下鉄は本当にややこしいですね。東京の地下は穴だらけで地震が起きても大丈夫なの?って思えるほど網の目になっていますね。
先日、明治神宮に行ったときにそう思いました。どこからでも乗り換えて行けそうでしたが、逆にそれがややこしいのかな?娘の旦那さんのほうが詳しくて後を付いて行きました。

kuishinbouさん

こんばんは。
闘病生活3年近くでした。
まだやりたいことがたくさんあったでしょうから悔しかった事と思います。

東京の地下はこの前の地震の時はどうだったのでしょうね。停電になったらと思うと怖いですね。
地下鉄はあちこちに繋がって便利ですが最近はとんと分からなくなりました。
ソウルの地下鉄はとってもわかりやすいんですよ。ハングルが読めなくても目的地にちゃんと着きました。
東京は複雑過ぎますよね。
新しい線だとドキドキしてしまいますよ。

NoTitle

66歳で旅経つとは
早すぎる人生ですね
でも素晴らしいご家族に送られきっと天国に召された事でしょう

お子さん達の演奏
素晴らしかったでしょうね

お悔やみ申しあげます

ryujiさん

ありがとうございます。
66才はまだまだこれからなので叔母お無念だったでしょう。
孫の成長を楽しみにしていたのですが。
63才で発症して麻痺があるので3年間は家族は大変だったと思います。
きっと天国で病気もなく自由に動いているんでしょうね。

通夜でいとこの演奏を聴きたかったのに残念でした。

今回の通夜、告別式は心がこもってていいものだとおもいました。

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