スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

母の23回忌

RIMG1160_20130203221825.jpg
この花はボリジです。昨日の暖かさでか午後開花しました。

今日は母の23回忌の法要でした。

母が亡くなった年と同じ年になってしまいました。
お寺で住職さんがお経をあげてる間今までと違いいろんな思いが入り混じり複雑な気持ちでした。
私と同じ年でまだこれからというのに無念だったでしょう。

母は私がいたころは病気で寝込むというのをあまり見たことなかったです。
長男が2才ごろに夫が出張で夫の実家からの方が近いので一緒に滞在してた時に心不全で緊急入院したと父からの電話で息子を義母に預け実家に帰りました。
入院の少し前に具合が悪く人間ドッグを受けましたがデータは出なかったので母は首を傾げてました。
あの時にわかればもう少しいい状態だったのかも。
息子は急のことでおばあちゃん、ひいおばあちゃんはいましたが、夫が帰ると「おかあさんはどこ?」と不安そうに聞いていたそう。おばあちゃん、ひいおばあちゃんには口にすることなく必死にこらえていたようでした。
結局母の入院は1月どころが半年に及びました。
入院中久々に会った妹弟たちに「こんなに痩せてきてわからなかったの?」と言われましたが太ってたので少しやせてくるのはいい傾向だし、ちょくちょく目にしてるのでわかりませんでした。

その後も骨折をしたり、よくわからない病気になったり、卵巣がんが見つかり入院生活。
卵巣がんはすでに手術はできないとのことでした。
弟はその頃まだ結婚してなく、母の存命はあとわずかとのことで母がまだ大丈夫なうちに結婚させようと式場をお探し無事に結婚式には出席することができました。
そのあとすぐまた入院で2か月後には他界しました。
自分の事よりも父の3回忌の事を心配しながらその前に他界してしまいました。
それから23年長いようで短いですね。

姪っ子2人はおばあちゃん(おじいちゃんも)は写真でしか知りません。
上の子は21才、下の子はもうじき19才と大きくなりました。
年月の経つ速さに驚かされます。

60代半ばでまだいろいろやりたいことがあったでしょう。
わがままな父が先に逝きこれから母とどこかに行けるかなと思ってたのに実現しませんでした。
前年の夏調子が良いとのことで箱根の大文字焼きを見に行ったのが最後でした。

夫の母は半身不随になり90才を過ぎて自由の利かない体で毎日を送ってます。
義母は最近は「長生きするものじゃない」とよく言ってます。
義母は結構高齢になってからも姉妹であちこち旅行を楽しんだり娘のいる函館に行ったりと楽しんでいたので全く自由がきかないのはつらいでしょう。
二度も足の骨折から復活してきたのに脳の方ではどうにもなりません。頭の方が年のわりにしっかりしてるの返って気の毒です。

どちらがいいのかはわかりません。
こればかりは神様の知るところです。

住職さんが一日一日を大事に過ごすようにと話してくださいました。
本当にこれからは一日一日を大事に過ごしたいものです。

法要のあとお墓詣りしてお食事をしてきました。

息子たちはあいにく仕事で欠席だったので弟家族との6人なので近くのレストランです。

このレストラン過去に書いたことがありますがとってもわかりにく場所にあるので隠れ家的なレストランです。
弟だちもこのレストランの存在は知りませんでした。ご夫婦2人で営業してテーブルが3つしかないかわいいお店Successです。

出てきたお料理はこちら。
サクセス

姪っ子たちはすてきなお料理に大喜びしてました。
お任せコースですがアミューズはサービスしてくださいました。
アミューズは 生ハムのクリームチーズ巻き、大根の桂むきに大葉とスモークサーモンのロール、グラスに入ったものはボイルヒイカとグレープフルーツのクリームソース。
パスタはエビとアスパラのウニソース。
サラダ 
メインは豚肉とナスのミルフィーユ仕立て。
デザートはマーブルシフォンにアイスクリームと生クリームとチョコクリーム添え。
コーヒー
若い女の子にはぴったりのメニューでした。私達はお腹いっぱい。
これでなんと2000円なんですよ。





関連記事
スポンサーサイト

コメント

おはようございます

ボリジ すきですよぉ(*^_^*)
おかぁさま 60代で亡くなられたんですね。
若すぎますよね、、
うちの父と母も父が54、母が60過ぎで お互いに脳の病気で
身体が不自由になりました
父はそれから30年近く不自由な身体で生きて去年亡くなりましたが
でも やっぱりあの時生きる事が出来て良かったんだと思いす
脳幹部出血で 助かる確率は殆どなかったんですよ、、
晩年は大好きな飛行機であちこち姉と旅行にいってました
私もやっと子供たちから手が離れて親孝行、って思った矢先に
急死。
母も 不自由ながら手仕事を楽しみながら一応健在です
母には もっともっと長生きしてほしいです

で、ポメマルさんちの方は法要の後の会食!
こんなお洒落なんですねぇ!(@_@;)
大阪でもきっと絶対に和食以外の選択肢はないですね。
羨ましい!
で、で、ポメマルさんて60過ぎてるんですか@@?
びっくりぃ~!
絶対に若過ぎますよぉ!
素晴らしい!!

お母様、晩年はいろいろと大変だったのですね。
「生きる」って本当に大変です。
お母様が亡くなられた歳と同じ歳になった・・・やっぱり若すぎますよね。
私も長生きは嫌だって思っていますが、まだもう少し生きていたいです。
先日、新聞の投稿欄に「孤独死」と言わないで「自立死」と言って欲しいという記事が載っていました。連れ合いをなくされた女性の投稿でしたが、死ぬまで独りでしっかりと生きていたい。そのような内容でした。私も大賛成!!ただ痴呆になるとどうしようもないですが。。。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

kuuzaemonnさん

息子二人とも30代ですよ~~。若くなんてないんですよ。(笑)
母が私と同じ年でなくなったと思うとやっぱり早すぎますね。実は父も60代で亡くなりました。人の寿命は自分ではどうにもなりません。
kuuzaemonnさんのところも大変だったんですね。でも生きててくれると嬉しいことがあると思います。
お母様は手が不自由でも立派な手仕事をされてすごいと思います。
法事の後はやはり和食が多いです。13回忌までは親族も呼んでましたがそれ以後は家族だけでこじんまりです。今回はどこかまで行くの面倒で近くのお店にしてしまいました。
姪っ子たちにはおしゃれでおいしく好評でした。
ボリジは苺と一緒に置いておくと蝶とか蜂がやってきて受粉を手伝ってくれるというので育てたのですがまだ蝶も蜂もいないので筆で人工授粉させました。

kuishinnbouさん

FB、こちらにもコメントありがとうございます。
母はいつも健康だと思ってたので晩年は気の毒でした。
私も今の年でと思うとまだやりたいことはあるのでもう少し生きていたいです。
母は妹弟が多かったので入院してるときは遠いのに来てくれてこういう時は兄弟が多いのはいいなとつくづく思いました。
娘がいる人はいいなとも。
「自立死」私も目指したいです。そのためには健康でいないとですね。

カギコメさんへ

すみません。メールを送信いたしましたのでよろしくお願いいたします。

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。