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代官山で20年ぶりの同窓会

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母の23回忌の次は20年ぶりの同窓会の記事です。
20年シリーズみたいです(笑)

同窓会のメンバーは20数年前仕事をしていた頃の社長と仲間たちです。
社長といってもかっぷくいい男性ではありません。女性です(現在カーブドッチワイナリー代表取締役の掛川千恵子さん)。年齢はそれほど差はありません。
まだ子供達は小学生でしたが夫の入院などで心が落ち込んでいた頃で母が何か始めたらと言ってくれました。
何をしようかと思ってた時にたまたま子供のサッカー仲間のお母さんの掛川さんからこれから会社を作ろうと思うけどパソコンやってみない?と。
家で和文タイプをやっていましたがそろそろパソコンの転換期でした。

パソコンに興味があり仕事を始めるなら習いに行かないとと思ったら実務で覚えればいいと。
1から教えてもらいました。あの頃は98シリーズの頃でワープロは一太郎、グラフィックは花子というソフトを使ってました。
今はインターネットでなんでも送受信できますがあの頃はパソコンで通信ができるようになったばかり。
掛川さんの鎌倉の自宅をMS Factoryの事務所にして通信を介して仕事をするというのです。
全くの一からの出発。どうなるかなと不安だらけ。集まったのはサッカークラブのお母さんたち。
営業は社長の掛川さん。当時小学生二人と幼稚園の男の子三人のお母さんでした。
今みたいに携帯があるわけでもなく一度外に飛び出したらどこにいるのかわからない。
それでも出ていくのはすごいなぁと感心するばかりでした。心配はたくさんありそれを超えていくのは勇気がいたことでしょう。そうでもしなければ会社経営なんてできませんね。

バブル期のまっただ中で結構仕事をとってきました。このソフトで何日までにやってね。には皆目をまるくすることも。使ったこともないソフトでマニュアルを見ながらでも社長が取ってきた仕事なので納期までにやらねばと5時過ぎても帰れないなんてざら。
家に息子にご飯炊いておいてと電話して途中であわてて帰りごはんを食べさせてまた仕事に戻る。
残ってる人に食べ物をもって行って9時、10時まで仕事。それでも終わらないと家に持ち帰り家のパソコンで仕事なんてことも。その頃社宅住まいだったのでパソコン(今のからみるとかなり大きい)を子供部屋に置いてあったので長男にはずいぶん迷惑かけました。母親が必至に仕事をしてるので何も文句を言わなかったのには本当に感謝してます。今考えると若いからこそできたんです。
主婦たちが遊び半分で仕事をしていると思われるのも悔しくて皆で頑張ったのかもしれません。
今思うと懐かしいです。

そのうちに何かの会で会った落希一郎さん(カーブドッチワイナリー前社長)と新潟にワイナリーを作るというとてつもない構想が出てきてびっくり。
夢物語かと見てましたが酒造許可が取れたり新潟の砂浜の地がぶどうの栽培に適してると新潟にワイナリーの土地を見つけてきてあっというまに計画は進んでいきました。ワインの葡萄はヨーロッパのワイン用ぶどうを植えてヨーロッパのような垣根の栽培方法をとり、ここでできたぶどうだけでワインを作るというもの。
販売方法は会員制で苗のオーナーを集め年に一本のワインをプレゼントしようというもの。掛川さんは次から次へいろんなアイデアが浮かぶ凄い人でもあります。
仕事はパソコンの仕事とワイナリーの二本立てになり掛川さんは新潟と鎌倉を行き来するというハードなもの。三男君は学校から帰るとまず「お母さんは?」
掛川さんのご両親が近くに住んで面倒を見てましたが子供たちはちょっとかわいそうでした。
ワイナリー関係のメンバーは全く何もないところに苗を植えにいったり、秋は収穫にいったりとそれは大変だったそう。
そうこうしてるうちに私は今のところに引っ越がまじかになり会社を辞めました。

私が受け持っていた仕事を引き受けた人ができなくなり私が家で入力して会社まで行って印刷(その頃はレーザープリンターはとても高価なものでした)に行き提出するというのをしばらくやってましたがあまり話している時間はなくワイナリーがどうなっていったのかわかりませんでした。
結局鎌倉から新潟に移ってしまいました。みんな主婦なので新潟に移るわけにもいかず解散となりそれぞれ別の仕事についたそう。

10年ほど前、私も苗のオーナーなのでワイナリーに行ってみました。ちょっとわかりにい場所でしたがワイナリーはお庭がきれいでレストランもあの頃は3軒ありました。
掛川さんはちょうど出張中でお留守でしたが落社長がいてワイナリーを案内してくれてお昼をごちそうしてくれました。ワインを何本も開けてお料理も新潟の片田舎でこんなハイレベルのお料理が食べられるとは思わなかったです。
そのあとワイナリーにはスパや宿泊施設ができてます。

昨年たまたまカンブリア宮殿を見たらどこかで見たことある人が写ってます。
なんと落社長でした。
そのカーブドッチワイナリーも昨年20周年を迎えたとか。発展してくれるのはうれしいことです。

昨年にFacebookに登録してメンバーのSさんらしきを発見。メッセージを送ったら本人でした。掛川さんもFBやってるのでとりあえず三人だけのグループをつくったのですが私が面倒になって放置状態でした。

去年の暮にSさんから電話で掛川さんの次男がフレンチレストランataを代官山にオープンして2月に東京にくるので会おうということになったというではないですか。
他にも連絡取れる人がいたら誘ってというので年賀状だけのおつきあいになってる人に手紙を書きました。
7人が集まろうということになり代官山のataにいってきました。

そのシェフがなんと家の次男と中学の同級生なんです。
araのHPをみたら小さいですがあの頃と全く変わらない顔でした。
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お店について掛川シェフが中にいました。「覚えてる?」「覚えてますよ~~」
笑顔がかわいいシェフです。ほとんど変わってないです。
お店は入ってすぐがカウンター席、奥にテーブル席があります。
まだ早いので私たちだけ。
海鮮なので海の雰囲気のものが置かれてます。
7人が集まるのも20年ぶり、中には時々会う人もいましたがほとんどみなさん変ってません。(おばあちゃんになってる人はいますが)
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黒板にメニューが書かれてます。
お店もまだそんなに忙しくはないのでシェフとおしゃべり。
お母さんの掛川さんは7時半ごろ到着。
それまでにいろんな昔話が出るわ出るわ。
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このレストランは海鮮を使ったフレンチが売りなのです。
そんな中スパークリングワインが注がれ乾杯。
出てきたのは生がき。私とSさんは生がきダメですが一つならと食べてみました。思ったよりも食べられました。
次はシーフードと野菜の盛り合わせアイオリ添え。ムール貝の中にケッパーベリーがひとつづつ入ってました。
ケッパーベリーの使い方いいですよ。
次はアジのなめろうですがもちフレンチなのでフランスパンにのせて。少し甘いです。
レーズン、松の実、エシャロット、シードルビネガーで味付たものでした。
サーモンと鱈のコロッケ。
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ようやく掛川さんが着きました。
FBではみてますが全く変わってません。
こうやって会えるのもMS Factoryがあったからこそで花束贈呈。
もう20年前にすっかり戻った気分。今度は赤ワインで乾杯。
まさか7名も集まるとは思わなかったと喜んでました。
他にもたくさんの人が仕事に関わってましたが名前がなかなか出てこなかったり。

温かい金目鯛のブイヤベース。芽キャベツも入って美味しいです。
最後はローストビーフがフライドポテトと出てきました。
美味しいお料理とおしゃべりで楽しいひと時はあっという間にふけていきます。
時間をみたらもう帰らないとえらいことに。
デザートとコーヒーまでの余裕はありません。でもコーヒーは掛川さんのご主人が新潟でコーヒーの焙煎をしてるとのことでこれだけは飲まないとね。
ケニアのコーヒーおいしかったです。

この頃にはお店は満杯状態。ataは夜のみ17時から26時までの営業。

何年か前から今年こそワイナリーにみんなで行こうねといいながら実現しなかったのですが今度はワイナリーに行こうねと。お庭がきれいなのでバラの季節に行ってみたいものです。
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最後はシェフも入っての記念撮影です。

昔を思い出してかいてたらすごく長くなってしまいました。
読んでくださった方お疲れ様でした。

ata情報 ataとは食べるというデンマーク語なんですって。
住所 渋谷区猿楽町2-5
Tel&Fax
03-6809-0965  
info@ata1789.com


CAVE D'OCCI WINERY
新潟県新潟市西蒲区角田浜1661
TEL
0256-77-2288(代表 9:00~19:00)
0256-77-2811(レストラン 9:00~19:00)
FAX
0256-77-2290
http://www.docci.com/index.html



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コメント

同窓会羨ましいです。
歳を取ると不思議と昔が懐かしいですね。
皆見た目はそれ相当の年齢でも、話せばその時代の年齢に戻れますね。

夫は10歳から市川に住んで居るので、小・中・高と、地元だった為
年に何回も同窓会だ、クラス会だと、称して出掛けて居ます。
女性は結婚してバラバラに成ってしまう事が多いので、中々合う事が難しいですね。

まろんとかりんさん

同窓会という言葉さえあまり使いません。
小学校の同学年会は卒業後よくやってましたがここ何年もさっぱりです。
中学、高校、大学とこれもめったにないですね。高校のクラス会くらいかな。

大人になってからの付き合いだとあなた誰?というようなことはないです。
でも髪型が大分前と違うので雰囲気が違う人が何人かいました。
お話しだすと全く変わってないのに大笑い。

地元だとお友達も多いから付き合いが多いんでしょうね。ちょっとうらやましいですね。

歴史ですね~歴史・・・・。
ポメマルさんもいろんなことをされてきたんですね。
人との出会いって不思議なものです。いろんな人に出会っていろんな歴史が築かれて・・。
ポメマルさんと今のところWebだけですが是非合わなくちゃ!ですね

kuishinbouさん

思い返せばいろんな事をかじってきてますね。
この他にもクラブの衣装を考えるのに生地屋さんにパートで入ってみたり、家で入力でもと印刷屋さんを尋ねたら社長夫人(おばあちゃん)のお話相手をさせられたり、区役所、今の医院(昔3年くらい居て、7年空白後現在に至る)と支離滅裂ですね。
これが私の歴史なんですね~~(笑)
ここに書いてある40代はまだパワーがあったなと思います。
kuishinbouさんとはぜひぜひお会いしたものです。

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